昭和五十年十月八日 御理解 第二十二節「天地金乃神と言えば天地一目に覧ておるぞ、神は平等におかげを授けるが受け物が悪ければおかげは漏るぞ、神のお徳を充分に受けようと思えば、ままよと言う心を出さねばおかげは受けられぬ、ままよとは死んでもままよの事ぞ」
おかげを受ける受け物が悪ければおかげは漏ると、とう言う受け物を作るかと言う事、どう言う心の状態が受け物になるか、それをままよと言う心と、ままよとは死んでもままよ この辺が大変難しいと思いますと、ままよと言う事は、どう言う事かと死んでもままよと、昨日少の父兄会があって後で私の話しを聞いて頂いておるとき、丁度壱岐から電話が掛かって来た、末永先生のところから。
今日参りました金光教徒お道の新聞に高橋行次郎と言う先生が書いておるものを読まして頂いたら、これ程しの事がわかっておりこれ程しの事が言うてある、この先生が言っておる事を合楽教学をもってするならばそのまま、お徳が受けられおかげに繋がる程しの事が出ておる、どうぞお読みになっていなかったら、お読み下さいと只それだけの事の電話が掛かってきた。高橋行次郎と言う先生は高橋正雄先生のお子さんじゃないかと思います、やはり教学 の先生ですからやはり御兄弟、お子さん方もやはり教学、教学者であるところの先生方がここのところに目をつけられておられる、ここのところに金光教の信心を重視しておられると言うのです。
それを昨日末永先生に読んで貰いました、だがどの辺のところが合楽教学を以てするならと、言うておられる、ところだろうかと私は思わして頂きましたら、金光大神覚をお持ちになっておられるでしょう、厚い本金光大神覚に出ておるところのところを、幾つか例に挙げてそして書いておられるのです、その中に御長男がそれこそ立身出世を夢見て武士の株をかわれて、サムライになられたんです、そして( )ものああ言う制度が変わって、サムライもサムライでなくなっておりましたので、料理屋を始めたりなんかして散々失敗した上に失敗されておられます。
その方の事を神様にお願いされておられる時に、神様がお伝えなっておられるのです、そのお伝えの中にこう言うお言葉がございます、相い前渡して次ぎの様にしるされていると、一つ同じく六月十三日神祭り日、早々おしらせ、略、唐天竺、日本( )いところへより、同じ水のよるごとし、子供の事神にまかせ義理を言うな義理を言うものは、親類たりともおかげはなしと、言っておられます、義理とか人情とか言うなと、私はままよと言う心はそう言うところだと思うんです。それが自分の子供であろうが、それが親類のものであろうが、義理とか人情では助からんぞと言うのです。
昨日ある教会からお参りしておられる方に、以前お参りしておられた先生から電話が掛かってきた、この頃一つも参ってこんがどう言う風かと、あんたんところの娘が嫁にやらんならん年頃に、ズーッとお取り次ぎを願っておる、お願いしょる今度参って来る時には、私がよい適当なところに世話をするから、実真を持ってこい、と言うて電話が掛かって来たとこう言うわけです、それでもう自分はお参りする腹がないですから、もう私はこの頃ノイローゼのごとなってから、もうお参りも出来んごとなっとりますと、言ったけれども実真をもってこいまで、親切にいわれるから、持って行こうと思いませんけどまたその内にお願いしに参りますと、言うたといわれます。
金光様の先生が仲人さっしゃる、こんな可笑しいな話しはないですね、仲人しなさることなら、丁度家の娘が年頃ですから、はいそれならば良縁のおかげを頂くように、お願いいたしますよと、ほんにあの人があげな息子のことお願いしとる、娘のことお願いしとるけん家の信者のあの人はどうじゃろうかと言うて、例えば此処で言うならば私がそれを心配したり、私が世話をすると言ったようなことでは、如何にもその先生は親切、と言ったような事でありましても、もうこれではその教えでもその、そう言う先生では教会でも大した事もありません。
又それを受けた者もおかげはうけられません、只人情です、から神ながらな神情と言う事にならないからです。これもお願いに見えましたある教会のことでしたが、或る事件ごとが起こりまして、裁判問題が起こりました、そしたらそこの先生は仲仲の頭の良い方ですから、六法全書を調べて弁護士さん代わりに自分が出て行っていろいろ世話をしてくださった、おかげでその裁判に勝った、そこで本当にあちらの先生は親切だと本当に弁護士なんかして下さって有難かったと言うて、その事はおかげ頂いたと、その外のことがおかげを頂かなかったので、信心を止めたと此処へ持って来て、お届けなさる方があった。
これなんかは特に取り次ぎ者と言う者は人情をつかったり、義理を言うてはならないそれを、ここでは取り次ぎ者だけではないお道の信心させて頂くと言う事は、いわゆるままよと言う心が教祖様の御長男がもう畳み三畳と言うような、小さい家に入らなければならないような、破目になられたときでももうそれを全然かもうて居られない、神様からお知らせを頂かれたその後は、ね、人情を使っておられない、義理を言うておられないそのためには、親戚の方達もそりゃあんまりひどいですよ、どうかしてやりなさらにゃとといろいろと言った人もあったでしょう。
だからそれは親類の者が言うても、それに応じてはいけないと言う風に言っておられます、そう言う行き方とです、合楽で皆さんに聞いて頂いておる、お話を教学するなら金光教の信心は立ち直る、立ち直って来る、今の金光教はもう人情一つで行きよる、人間心ばかりでお取り次ぎをしよると言うのが、きのう末永先生が電話が掛かって来たのでございました。ですから私共もです、やはりそう言う信心によって愈々本当におかげを頂きしかも十分のおかげを頂こう、十分の徳を受けようと思えばそう言う信心の稽古がなされなければいけないと言う事であります、ままよと言う事はやはり放任しとけばよいと、どうとかなるだろうと言うのでは決してないのです、死んでもままよと言う程しの一生懸命を、出さねばいけないと言う事です、昨日少の父兄の方達にもその事を聞いて頂いた事でしたけれども、丁度私に話しをして呉れと言って来られたときに葉書が来た、その葉書が私が小学校のこんど私共が小学校を出てから丁度満五十年に今年がなる相です、そこでその同窓会をしたいと言うのです。
それを通知をくれておるのが、小学校の先生になりました国武と言う先生が通知をくれている訳です。その時私がフッと五十年前の事を思い出さして頂いたんです、と言うのは私が小学校の四年生位の時だったと思います、私はもう子供の時にはもう大変な、冬になりますとしもやけが致します、こんな庇が沢山残っておるのはシモヤケノためですが、まあだこんな大きなキズ残っとるのです。冬になるとこれが紫色になって、ウズクです、もう如何にひどいしもやけだった事が分かるです、五十年たってそのシモヤケのきずあとが残っとるです、ですからもう冬になるともう、やすんでおりました、ですからもう学科は遅れるしもう、その時では甲乙丙丁で通信簿といいよりましたがね、もう皆乙ばっかりでした、隣の叔父が私の通信簿を見てから言いよりました、お前はもう乙ばっかりじゃから、総一郎じゃなくてお前の事を今日から総乙と言うて言われる位、総乙でした。全部甲ばっかりを総甲と言いよりました。
そんな訳でしたから勉強も出来ませんでしたが、小学校四年生のときです、その時の担任の先生がこう言う事をいったんです、確か三十名位生徒がおりました、その中の名前をズーッと半分位読み上げたんです、そして今わしが読み上げた名前の者は勉強すれば段々伸びるものを持っておるのだから、しっかり勉強しろとこういわれたんです、だから後に残った十五人は凡倉だと言う事なんです。勉強してもつまらんと言うのです、例えて申しますと、だからその名前を言われた者はです、気分が良い訳です、勉強すればまあだ出来ると言うわけです、と言うて勉強して成績をあげたと言う者もおりませんでした。
だから後の十五人は私を含めて、残った十五人ばかりの者は俺は勉強したっちゃ駄目ばいのと、これはまあシヨックだったと思います、私も大変なシヨックを感じました、子供心に。そして私はそれに抵抗しました。
本当に私が出来るか出来んか、本気で勉強しょうと思ったんです、もうそれからと言うものはもう、私は小学校四年、五年、六年と地理とか歴史とか理科と言うものがありますね もうこれはもう百点取るもんだと思うとりました、位に勉強しました、もう遅れておる特に数学とは、国語とかと言うものも、勉強し出しましたから段々おかげ頂いて、高等小学校に入らせて頂く時には師範学校に行けと、校長先生に言われる位に出来るようになりました。
当時一緒に勉強した人です、この先生は、小学校から三人選ばれて勉強しました、高等小学校を卒業する時には代表で賞辞を受けるおかげを頂いた、言うなら見事に先生が言った外の者は勉強したっちゃつまらんと、ばかりに言われるのに勉強したら、それだけ成績を上げることが出来ると言う事を実証したわけです、ですから問題はですね、勉強せろ勉強せろと言うて勉強したんでは、付け焼刃です、けど本人自信が本気で勉強しょうとする気にならなければできません。丁度私が学校からかえって来ると、今の椛目の妹です、をおんぶしなければならんのです、もうおんぶして子守をしていながら、もう私は本を手から離した事はありませんでした。
もうあんた家の息子はいつも本ばかり見よると言うわけです、そしてもう三時四時頃から起きました、もうそれは頭の中にどんどん入るです、もう一日習わして頂く学課が全部頭の中に入ってしまうです、そして二時間位勉強して寝るんです、そして学校に行く前にまた起こして頂いてと云ったような勉強しました、だから私は皆さんに言うように朝の時間を大事にするように、朝の一時間と言うのは昼の三時間位に比敵するです、もっとよい、三時間以上かもしれません、とにかくその朝の時間にですね、一日習う分の予習が出来ていました。
しかも頭の中に入ってしまう、もう今は頭は全然、まだ家の電話番号を覚えきらんとるとです、頭に番号がついてもう絶対わからんです。善導寺にいってからあんたんとこの電話番号は何番じゃったかと( )何番じゃったじゃろかと言うて笑われますけれど、そげん頭が悪いです、もう銭の計算ができない位です、もうこと頭はもう神様ごとだけです、しかつかわはしなさらんのじゃろうかと思われる位の、外の事は駄目です。
受話器を取るときにはこの番号、おわったらこの番号、だからこれはどれをおさえならんかと、言うたら孫の総子が来て、じいちゃんこれと、言うてから総子から教えられる位ですから、けれどもこれは仕様のない位に頭が使えないですね、今の私の頭は、外の事には そう言う訳で私は一人で外出出来ない、昨日も話した事ですけれどもたとえば、駅なんかで汽車の時間を見るでしょう、それで汽車の時間は何時だと言う事を見ると、見た時には時計が何時だった事をわすれとるのですね、まず時計を見るでしょう、今度は反対に、時計を見て今何時じゃから、時間表を見に行くでしょう、時間表は分かるけど時計の方は忘れとる、もう片一方の方を頭の中に持っとくと言う事ができないです。
もう本当に自分ながら不思議に思うとるのですが、そう言うような今聞いて頂いたような事をですね、私は思い出さして頂いて各自が子供を持っておられる、少の父兄の方達にです、子供の勉強するとかせんとか、出来るとか出来んとか、と言う事をやはり願わにゃいけん、でいまから考えて見ると五十年前に、なら母が総乙といわれるのをやっぱり神様にお願いしておってくれたに違いない。
その祈りがです例えばこうしてそう言う事言うちゃでけん子供の心を傷つける、半分は勉強すれば出来る、半分はお前だん勉強しては駄目だと言わんばかりの事を、言う事はこげな子供心を傷付ける事かあるだろうか、と言う事を思った位のことですけど、私一人のためには素晴らしい神の声であったと言う事です、以来私は発奮したんです。丁度試験準備さして頂いとりましたけど、丁度父が筑後軌道に勤めとりましたけど、筑後軌道が解散になりましたために、試験と言うものが断念して、酒屋の小僧に行ったのです。
その時分には血の涙の出るように子供心に残念と思いましたけど、本当に私はあの時に私がもし師範学校に行って学校の先生になっとったら、丁度この国武君のように、まあ校長先生どまりだっただろうと思うです、今日の合楽は開けてないです。
と言うようにですね、私共信心でも同じ事です、如何に言われたからといって、だから一心発起と言う事、と言う事はいつもはないです、そう言うチヤンスは。
だから祈っとかねばならない、ねがっとかなければならない、そう言う時のを私はままよと言う、言うならば死んでもままよと言う程し、只ままよと言うのはどうとかなろうと言う事は決してなろうと言う事はないのです、死んでもままよと言う位な、一生懸命が出た時が十分のおかげが受けられる時だと知らねばいけません。神様がおかげはいち様に下さってある、天地を一目に覧ておる、神は平等におかげを授けてある、受けものがわるければおかげは漏る、完璧とまでは行かんにしましてもです、おかげの受けられる十分におかげの受けられる、おかげの受けものを頂かして頂くためには、まず私どもが義理人情にとらわれてはおかげは受けられぬ、場合には笑われる事があるかもしれぬ、悪口を言われる事があるかもしれぬ、それは私の信心と過去の信心を聞いて下さればいつでもそうであると言う事です。
または受けものが悪ければおかげが漏るぞと、おかげの受けものがままよと言う心をださねば駄目だ、それには死んでもままよと死んでもと言う事はもうお任せしとるから、どうかして下さるだろうと言うこと、死んでもままよと言うような心、一心の心、一生懸命の心がでると言う事です、まあだ小学校の四年生か五年生の子供が、二時三時から起きて勉強する心が起きてくるのです、一心発起と言うのは大変な私は事だと思います。
ですからね言わば勉強が嫌いな勉強が好きになる、楽しくなって来る、もう片手にいつも本を握っとらねばおられんくらいに、信心が楽しくなって来る、いや勉強が楽しくなってくる、信心もおなじ事。
やっとかっとの信心ではなくて本当に言うならば、先日熊谷さんがここでおとどけしてあるように、信心の稽古に通うといわれた、何十年間お寺さんに日参りされておられる方が、それを聞かれてビックリした、ほう信心にも稽古がいるのと言うてびっくりさっしゃった。と言う話しを聞いて私は改めてお互いが信心の稽古に、此処えは通うて来るのだと教祖が教えておられるのに、お広前には信心の稽古に来るのだと教えておられるのに、果たして稽古に通っておるだろうかと、と言う事を再検討させて頂いてその信心の稽古もです、私共がそこに一心発起させて貰う、ままよまたは義理人情を使わない、ままよとは死んでもままよと言う一心をそこに出す時にです、一心、所謂一つの心、だからすべての事が信心の対照にならざるものはない。
そう言う私は行き方で信心の稽古を進めてゆけば、愈々楽しい事有難い事、所謂十分の信心が受けられるとは、そう言う信心を一心発起した人の上にも頂けると思いますね。どうぞ。